2008年08月27日
2008年07月18日
祈り
祈りの重要さを認識する という主題のコラムである。
その中には祈りの際に PET(陽電子放射画像測定法)や
機能的MRI(磁気共鳴画像)を用いて祈りの際の脳の状況を
調査した内容が記述されており
祈り前は右の後頭葉の自意識の部分が活発に活動しているが
祈りの後は、左前頭野の集中力が高まった時に活性化される
部位が活動していることがわかった。
この結果で祈りには、精神統一を図り雑念を減らす作用があるが
同時に『自分が、自分が』という自意識を捨てさせる効果もあるということでした。
また最近米国の多くの研究者が祈りと健康の関係を調べているといい
教会へ祈りに行く人と、行かない人の平均寿命が8歳も違うことや
教会へ行く人にはうつ病になりにくい、禁酒や禁煙を出来るという結果が
得られているそうです。 この結果は『祈り』が 心を癒し、個人の行動や
生活習慣をも変えることができるということを意味しているそうです。
このコラムを読んで、私の生活する沖縄の女性に長寿の方が多いことも
関係するのではないか・・・ と思いました。
沖縄では普段から各家庭で火の神や仏壇の前にで祈りをしており
それもほとんどの女性が、火の神や仏壇に祈りをしていますからね。
祈りがもたらす効果
私達の想像を超える効果が祈りにはあるかもしれません。
2008年07月16日
新聞紙上から・・・
本日の沖縄タイムスさんの紙上に、沖縄本島北部地区の
ドクターヘリをNPO法人で運営しているが、救急ヘリの運営
資金が無く、今日から救急ヘリを一時運休するとのこと。
財政難の北部地区医師会病院のあとを受けて救急ヘリの運営を
してきたNPO法人MESHサポートの話だと、今後は年会費千円の
サポーターを三万人募り八月末の運航再開を目指すという。
MESHサポートホームページ http://www.meshsupport.net/
新聞紙上では北部地区のドクターヘリ利用者の三割は北部地区外の住む
人々だということ。
私は南部に住んでいますが家族や友人達と
北部地区を訪れる機会は多くあります。
いつ、何時 ドクターヘリのお世話になるか?わかりません。
是非サポーターになろうと思います。
サポーターは県内県外を問わず募るということみたいですので
多くの方がサポーターになるといいですね。
2008年07月09日
40年ぶり!
マグニチュードは6.3 沖縄本島北部で震度4を観測とのこと。
なんと沖縄では震度4は 40年振りになると今朝の新聞に
掲載されていました。
地震はPM4:00過ぎに発生でしたが、偶然にも空に面白い雲が
あると思いPM3:00過ぎに空の写真を写したのでした。
その写真がこれ
↓

今週に入ってから こういったかすんだ雲が多く見られました。
通常 夏の空は入道雲(積乱雲)が多いのですが
どちらかというと入道雲よりも、こういったかすんだ雲が多いように感じました。
そして今日の空は、かすみ雲は見られません。
これも地震エネルギーが放出された影響なんでしょうかね~
2008年06月25日
夕焼け空
過ぎし日の夕焼けの写真です。
6月20日の撮影なので、満月の翌日ですね

夕日がきれいな日が先週は2、3日あったと思います。
ずっと眺めていたい 夕焼け空でした。
2008年06月21日
空の模様
梅雨入り宣言もどこへやら・・・
まだまだ6月というのに暑い沖縄
夏至の日の今日の空を撮影してみました。
以前にもこんな感じの空模様を見たことがあります。
中国四川省で地震が発生したの5日前くらいだったと思います。
地震前の磁場に空模様も影響を受けるんですかね???
先日も東北地方で大きな地震が発生しましたが
今日の空模様は何かの暗示になりますでしょうか?
気になるところです。
ちなみにこれは昨日の空
夕方 四時過ぎだったと思います。
西側の空だけ ウロコ雲が多いように感じました。
2008年04月06日
旧暦3月1日
旧暦3月3日は浜下りの日。
一昨日、昨日と2日間部屋の中ですごしていて
外の空気を吸いたくて、南城市玉城で行われている海楽祭りへ行ってきました。
宮本亜門邸の庭には女神が降臨していました。
〔 点描画家 大城清太 作 〕
帰りにふと空を見上げると 曇り空の隙間から
筋雲が二本 見えました。
地震雲かな? と思いながら家路につき
テレビを見ていると ・ ・ ・
関東近郊で地震があったようです。
やはりあれは地震雲?だったのか ・ ・ ・
2008年03月18日
月光
今日の天気は朝から大雨で・・・
昼間は雷雲が発生し、多くの落雷が鳴り響いていました。
まだ旧暦の2月というのに、雷雲とは・・・
空模様のおかしい一日でした。
夕方 家路に急ぐ途中、月を発見!
PM6:30頃の月

まだ青空の中に、月が光っていました。
PM7:00頃の写真
光が眩しく、輝いて見えました。
もうすぐ満月がやってきますね。
月の光はどこまで眩しさが増すのでしょうか・・・
2008年03月16日
空から・・・

今日の空にあった雲は
ある人のブログに掲載されていた地震雲に似ているな?と思いながら
とりあえず 雲の写真を撮影しました。
その後PM8:00過ぎに地震発生のニュースがテレビから・・・
http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/
今日写した雲は地震雲だっただろうか?
雲は南東から北西に向かって伸びていました。
2008年03月15日
陰と陽
月の光のエネルギー
太陽の光のエネルギー
どちらも私達の生活には欠くことの出来ないエネルギー
最近の陰と陽の光のエネルギーを感じてみて下さい。

最後の写真が、今夜の月の写真です。
今夜はちょうど、新月から満月へ向かう途中の
中日になります。
まぶしい光ですね!
2008年03月10日
海岸物語
昨日は旧暦の2月2日。
新月の翌日ということもあり、潮目も大潮だったので干潮の時間を狙って
友人達と一緒に一足早い 『浜下り』 を楽しんできました。
目的地に着くと、私達以外にも多くの人が海岸に出ていました。
今回は海岸で撮影した写真の掲載です。

2008年03月08日
嬉しい知らせ!
コウノトリが飛んできたと・・・
知人夫婦は結婚してから中々
コウノトリが飛んで来ませんでした。
病院へも何度か通ったようですが、いい知らせはなかったようです。
しかし私の知人と昨年末に会い、いろんな話をしたなかで
住居の引越しの話がでたときに、住居のある土地の神様や水の神様への
感謝の挨拶と、新しく住む場所の土地と水の神様への挨拶のことが
話の中で出たようです。
それで知人夫婦は引っ越す前の土地と、今住んでる土地への感謝と挨拶の
祈りをしたようです。
その後2カ月過ぎて、コウノトリが飛んできたといってました。
知人夫婦の祈りに、土地の神様と水の神様も力を貸してくれたようです。
2008年03月07日
ひとつの真実
母の戦争体験の中のひとつの真実を、縁ある方に伝えたくここに書きます。
私の母は昭和9年生まれ。
沖縄本島の地上戦が行われたときは11歳です。
沖縄本島の住民は地上戦が行われる前に国策により
本土の方へ集団疎開をされた方も多くいます。
私の父も集団疎開をした一人でした。
しかし母は集団疎開はしなかったようです。
母は南城市佐敷の出身ですが、私の祖父(母の父)は
地上戦がはじまるまえに家族が非難するための防空壕を
掘っていたようです。 そして現実に地上戦がはじまったときには
親類縁者で12人程が、祖父が掘った防空壕に避難をしたそうです。
ひとつの真実は、米軍が沖縄本島は上陸をはじめたある日の出来事です。
母が非難していた防空壕に一人の人がやってきたそうです。
その方は地域の世話人のような方だったみたいですが
祖父に 手榴弾を2個 渡したそうです。
米軍が近づいていよいよのときには、この手榴弾で・・・・ と伝えながら
祖父は、手榴弾を受け取りましたが、使うことはしませんでした。
壕の入口を米軍の部隊が通るときも・・・・
祖父が手榴弾を使わなかったので、防空壕に隠れていた親類縁者
全員が鉄の暴風といわれた沖縄戦を生き延びたそうです。
自決については命令の文書の存在はわかりませんが
そういった 環境・状況下であったことは 2個の手榴弾が
物語っていると思います。
以上が私が母から聞いた 沖縄戦のひとつの真実です。
そしてまた 母はこのようなことも言っていました。
終戦して3・4年後 母は米軍将校の家でメイド係をしていたようです。
母には幼い弟がいて、将校宅から分けてもらえたコンビーフやポーク
チョコレートやガムはだいぶ助かったと言っていました。
また古くなったミシンをもらったこともあったようです。
これも母が体験した ひとつの真実です。
2008年03月02日
天描画 by TOTAL POINT
仕事帰りに行ってきました。
- 大城 清太 天描画 新作展 - 心像 -
大城清太の描く「天描」の背景には
「古代琉球の神々-Thedeitise of ancient Ryukyu」
という一貫したテーマがある。
彼は幼少の頃から「神人-カミンチュ」であった祖母と共に
ウガンジュやウタキなどの聖地をまわり、その時に語って
くれた「自然の神々」の話をもとに天描を描いている。
祖母から語り継がれた「目には見えない沖縄の心」を
天描という技法を使い表現している。
私と天描画の出会いは知人からプレゼントされた1枚のTシャツでした。
それがちょうど1年前の今頃の時期です。

素敵な天女が背面に描かれていました。
このTシャツは、私がお祈りに行くときの必需品となっています。
背中に天女を背負い、お祈りをしています。
新作展あった次回イベントのフライヤーから・・・・
開催場所はここ TOTAL POINT
3月2日 本日までの開催です。
※ Tシャツは楽天市場でも販売しているようです。
2008年02月27日
鯨海峡
沖縄県 渡嘉敷村 渡嘉敷島へ行ってきました。
宿泊は渡嘉志久(トカシク)ビーチの目の前に立つ
トカシクマリンビレッジ でした。
部屋はオーシャンビューの部屋で・・・

目の前の海は 1月~3月の間 ホエールウォッチングが可能な
鯨海峡が 座間味島との間に 広がっています。
また座間味島周辺は、世界有数のダイビングスポットとして世界的に有名で
慶良間諸島周辺海域はラムサール条約にも登録されています。
夜は晴れていると満天の星空が見えるようですが、宿泊した日は曇り空で
星はあまりみえませんでした。
青い空と満天の星空の下にいると体が浄化されるような感じがします。
特に自然に聞こえる波のBGMは最高でした。!
2008年02月24日
inaho いちゃりばちょうでぃ!
inaho Birthへ入ると 早速おっかー、他のスタッフの方々が作られた
おいしそうな料理が目の前に飛び込んできました。

PM7:00から、いちゃりば!はスタートし
途中で様々な余興が披露されました。
先月は地元の方々の三線や唄の披露などがありましたが・・・
この日は、本土からいらっしゃった方3名のダンスとライブ演奏で盛り上がりました。
激しいダンスで写真がぼやけたような感じですが・・・
彼は全国ダンスコンテストで上位入賞の実力者。
今後は友人と沖縄で事業開始の予定だそうです。
そして お二人の方がライブ演奏をしてくれました。
この日のいちゃりば!は地元の方々と、本土からいらっしゃった方々の
大交流会となり、余興以外でも多くの交流語らいがあちこちのテーブルで
行われていました。
そして会の中頃では、尾関氏も沖縄に対する思い等々を
参加者の皆さんへ語ってくれました。
東京から、そして沖縄から 互いの交流の中から生まれるモノ・・・
目に見えないが確かに感じる熱い思い・・・
それを感じられるのが いちゃりばちょうでぃ・・・
西麻布Birth いちゃりばちょうでぃ
2008年02月23日
2008年02月21日
2008年02月19日
心境・・・
先日、お祈りに行った場所でのこと。
お祈りのあとは、いつも素敵な光をみせてくれます。

この日の光は 青 が多かったです。
このような光を見ると、嬉しく感じるのですが・・・
この日の場所では違いました。
その原因は・・・ これ!
お祈りに使われた 黒線香 白紙 打ち紙 が捨てられていました。
それも大量に・・・ 
お祈りをする場所のすぐ横です。
お祈りをする場所では、必ず 「使った線香や打ち紙は持ち帰りましょう」 と
看板が掲げられています。
お祈りをする人がすべてそうだとは言いませんが・・・
次にお祈りに来る人のことは、考えないのでしょうか???
自分の祈りが終わればあとは関係ないのでしょうか???
神様はこのような人のお祈りは聞いてくれるんですかね~
終わりよければ(後片付け)、すべてよし! という気持ちが必要ですね。
2008年02月17日
平敷屋 朝敏
平敷屋 朝敏 ゆかりの地へ行ってきました。
朝敏は、現在の首里金城町に生まれ
その祖先は第二尚氏時代の尚円王になります。
朝敏は 越来王子朝慶と一緒に八代将軍 吉宗に会うための
江戸登りへ随行しています。
朝敏の生涯は、文献によると当時の権力者によって翻弄され
三十四年という短い生涯を、最後は安謝の地において串刺し刑で処刑され
自分の子が止めを刺したといわれている。
時代は琉球王朝繁栄の時代であるが、いつの時代も
時の権力者にその生涯を翻弄された人々がいる。
平敷屋朝敏の件に限らず、栄華を誇った時代の裏にある
こういった負の歴史を知ることも現代に生きる私達の役目だと思う。
だが 朝敏の残した『手水の縁』は、現在までも組踊りという
形で愛されていることも、忘れてはならない。
歴史の裏と表。 いつの時代でも重要なのかもしれない・・・
平敷屋朝敏の詳しい生涯は こちらから
http://www.okinawajoho.net/heshikiya/body/01-03-rekishi/02-chobin/chobun-01.htm








日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!